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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)11001号 判決 1980年6月25日

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 伊藤和夫

被告 林謙三

右訴訟代理人弁護士 田中政義

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対して、一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五二年四月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告は、大蔵事務官を経て、昭和三三年税理士試験に合格し、昭和三四年一月三〇日より税理士業を営んでおり、現在、六名の事務員を雇傭し、顧問先は約六〇社、年間粗収入は二五〇〇万円程度である。また、原告は、A税理士会において理事、副会長、登録調査会委員長、表彰委員長の各役職を歴任し、また日本税理士会連合会(以下日税連という)の常務理事・経理部長も務め、かつ、現在はB市商工会議所の会員である。

(二) 被告は、昭和三一年四月一九日A税理士会に登録して住所地において税理士業を開業中であり、税理士会の綱紀部会の部会長を昭和五〇年六月から同五二年六月まで務めていた。

2  本件提訴事件に至る経緯

(一) 原告は、昭和三四年頃、当時個人で不動産業を営んでいた出浦賢夫(以下訴外出浦という)と知り合い、同人の顧問税理士をしてきたが、訴外出浦が昭和四一年九月一三日に訴外有限会社出浦建設(設立当時有限会社出浦商事と称していたが、後、商号を変更した。以下訴外出浦建設という。)を、また、昭和四八年七月六日訴外有限会社出浦商事(以下訴外出浦商事という。)を設立した以降は、原告は、右両社の顧問税理士を受任し、昭和五一年一一月四日に原告が右委任契約を解除するまで、両社の会計の指導と処理、決算書類の作成、税務代理、税務に関する申立書作成等の業務を行っていた(顧問報酬は月額三万円であり、また年一度の決算時の報酬は一八万円である)。

(二)(1) 昭和五一年七月二九日、訴外出浦建設、同出浦商事の両社にC税務署法人税部門担当官望月某外一名による税務調査が行われ、原告も税理士として右調査に立会した。この調査の過程において、右担当官より、昭和五〇年七月に倒産した訴外東京企業株式会社(以下訴外東京企業という)に対する貸付金の利息に関しての申告洩れがあり、昭和四七年四月以降、いくつかの架空名義の預金口座を使って、総額五〇〇〇万円以上の金が動いている疑いがある旨指摘された。だが、訴外出浦の説明によると、訴外東京企業に対する貸付は、同人個人の資金によるものである、とのことであり、従って、法人(訴外出浦建設及び同出浦商事)の顧問にすぎない原告にとって右の件は、顧問契約の範囲外のことであった。

(2) しかし、原告はその後も右の件について訴外出浦からの相談に応じていたところ、昭和五一年九月一三日訴外出浦の要望により、同人と共に右の件についてC税務署に出頭した。そして、その帰途、原告方において、原告は訴外出浦に対し、右の件についての今後の見通し、予想される税額などを説明し、同人が右の件について原告に委任する意向があるならば、税務当局との交渉その他一切を原告に委ねること、報酬の内金として取り敢えず一〇〇万円を提示したところ、同人もこれを了承し、翌一四日には訴外出浦から金額一〇〇万円の小切手を受領し、右の件の税務代理、これに伴う申告書、決算書類の作成等の事務を受任した。

(3) なお、原告が訴外出浦から受任した事案(以下本件事案という)は、訴外出浦の個人所得の申告洩れに関するいわゆる個人事案であり、訴外出浦建設や同出浦商事に関するいわゆる法人事案ではない。

原告は、前述のとおり、右両会社の設立以降その税務事務を処理してきたが、原告の知る限りでは、右両会社のいずれにおいても他に金員を貸付けた事実は全くなく、また、税務署の調査においても調査対象となったのは、訴外出浦個人の資金に関し個人所得の不申告が問題となったものであり、原告は本件事案を個人事案として依頼を受け受任したものである。

(三)(1) 原告は、受任後資料の蒐集、検討、税務署係官との折衝を続けていたが、昭和五一年一一月四日に至り、訴外出浦が税務署の係官と直接交渉していることを知ったので、原告の事案処理に支障をきたすおそれがあるため、同人に対し、直接交渉を避けるよう申し入れたところ訴外出浦は、これに反発したうえ一〇〇万円の報酬は高すぎるなどといい出し、原告の再三の説明にも全く耳を貸さなかった。このため原告は、もはや訴外出浦との信頼関係は消滅したと判断し、訴外出浦に対し、本件事案からは手をひく、受領してある一〇〇万円は返還する、二つの訴外会社との顧問契約も解除する旨告げ、同月五日、一〇〇万円を訴外出浦建設の銀行口座に振込み返還した。

(2) しかるに訴外出浦建設は、昭和五一年一二月三日、原告が本件事案について、原告が訴外出浦に二〇〇万円の報酬を請求し、訴外出浦はその内金として一〇〇万円を支払ったが、右請求金額二〇〇万円は不当報酬であり、税理士法三九条一項に違反するものであるとして、原告に対し厳重なる処置を求める旨、A税理士会に提訴した(以下本件提訴事件という)。

3  原告が請求した報酬及びその正当性

(一) 前述のように本件事案は訴外出浦の個人事案であり、これについて原告が訴外出浦に請求し、かつ、同人から受領したのは二〇〇万円ではなく一〇〇万円であって、右一〇〇万円は次に述べるとおり正当な報酬額である。

すなわち、税理士の報酬については、税理士法三九条による国税庁長官の告示がなされていない現状では税理業務及びこれに附随する業務についての報酬は、日税連会則五五条二項により日税連の定めた税理士報酬規定(以下税理士報酬規定という)と会計業務報酬規定に依拠してこれを定めるべきである。

そして本件事案は訴外出浦個人の所得申告洩れに関するもので、昭和四七年四月から同五〇年七月までの間の四か年度、所得総額にして五〇〇〇万円、一か年度あたり一〇〇〇万円を超えると思われるものであり、前記二つの報酬規定に基づいて報酬額を計算すると合計五〇一万円となり、税理士報酬規定第一総則④により着手金として受取ることのできる額は右金額の二分の一である二〇五万五〇〇〇円となるのであって(計算関係は別表のとおり)、原告が請求し、受領した一〇〇万円は右の範囲内である。

(二) 仮に本件事案が法人事案であるとしても、右一〇〇万円の報酬額は正当なものである。

何故ならば、税理士報酬規定によれば、顧問報酬は「通常生ずる事項」に関するものであり、これは専ら正規の状態のもとで契約の相手方たる納税者につき発生する当該契約の目的たる申告納税関係の事務、例えば予定・確定申告書類等の作成及びこれらに関する代理並びにこれらに関する税務官公署の調査に立会することを意味し、これ以外の事務、例えば、減額更正請求書、不服申立書、法定調書、給与支払報告書等の作成事務は右「通常生ずる事項」には含まれないものである。

しかるに、本件事案は、いわば脱税事案であって、原告が訴外出浦建設、同出浦商事両社の顧問税理士として日常的に処理していた税務事務とは全く関係なく生じたもので予想することもできなかったものであり、これが右規定の「通常生ずる事項」に該当しないことは明らかである。従って原告としては、本件事案が法人事案であるとしても、訴外出浦建設に対し、顧問報酬とは別個に手数料を請求しうるものである。

(三) 原告が本件事案につき、五〇〇〇万円の出所が訴外出浦個人のものであることを立証してこれを処理するために計画した作業及び現実になした仕事は次の通りである。

(1) 計画した作業

(イ) 訴外東京企業の借入金元帳によると訴外出浦と同会社との間には昭和四六年一〇月から同五〇年七月までの間に四五〇回以上にわたる資金の出入があるため、これについて資金的裏付と照合をする。

(ロ) 昭和四六年一月から同五〇年一二月までの間の訴外出浦と同出浦建設との金銭貸借関係を明らかにし、資金的裏付と照合をする。

(ハ) 昭和四六年から同五〇年までの間における訴外出浦建設の三二回の土地購入、七〇回以上の土地建物売却に関する金銭の動きを資金面と再照合する。

(ニ) 右期間中の訴外出浦及びその家族の給料、家賃その他の収入の調査と資金面との照合をする。

(ホ) 以上の調査結果と訴外出浦の預金口座(架空名義を含む)との照合をする。

(2) 実際になした仕事

本件事案の受任後、右の計画に基づき、原告自身が三日と二時間半、原告が経営する税理士事務所の事務員である訴外織茂実(一〇年の経験を有し、税理士試験のうち簿記及び財務諸表合格者)が八日と七時間稼働しており、更に原告は正式受任前にも三日稼働しているので、本件事案の処理のために原告らが稼働したのは合計一五日と一時間半である。

(3) 原告は右のように現実に稼働したものであるが、これは(1)の計画による作業量の二ないし三割にも満たないものであり、五〇〇〇万円の資金の出所が訴外出浦ないしその家族の所得であることを立証するためには、日数にして少くとも九〇日は要すると予定されていた。

4  本件提訴事件の処理

(一) A税理士会は本件提訴事件を受理し、右事件は、会員の品位保持・監督に関する事項、会員と関与先等との紛争に関する事項などをその所掌とする綱紀部会に付議した。

(二) 被告は、綱紀部長として、提訴者の代表者である訴外出浦及び原告の両名から事情聴取を行ない、原告からは二度にわたり顛末書を提出させた。

(三) 昭和五二年三月二四日開催の綱紀部会においては、提訴者及び原告の双方を再度呼出したうえ調停を試みることになり、被告は綱紀部長として、原告に対し、同年三月三一日午後三時に税理士会館に出頭するよう通知し、原告はこれを受けて右日時場所に出頭した。しかし、提訴者が出頭しなかったため、結局調停はなされなかった。

(四) 被告は、同月三一日「税理士法違反会員報告の件」と題する文書(以下本件報告書という)をもって、A税理士会会長に対し、原告が税理士法三九条による税理士報酬規定に違反している旨報告(以下本件報告という)した。

(五) 被告の本件報告に基づきA税理士会会長は、本件提訴事件を昭和五二年九月一二日開催の常務理事会に諮ったうえで、会員の処分についての答申に関する事項を所掌する委員会である紀律委員会に付議した。

5  被告の責任原因

被告が綱紀部長として本件提訴事件につき本件報告をなすに至った過程には次のような不当・違法な点がある。

(一) 調査過程における不当性・違法性

本件提訴事件において訴外出浦建設の申立内容は、原告が訴外出浦から受領した報酬が不当であるというのであるから、綱紀部会としては右報酬が税理士報酬規定及び会計業務報酬規定に照らして妥当か否かを判断すべきところ、右報酬の当否を判断するについてはその前提として本件事案の内容を明らかにしなければならない。

しかるに、被告は、綱紀部長として事実調査にあたり原告からも事情聴取を行なったが、その際、原告が本件事案の内容としてその複雑困難さ、受任後解約までの作業量等について説明しようとしたところ、被告はその必要はないとして原告の説明を聞こうともしなかった。

綱紀部長は、会員の身分に関する重大な問題を取り扱うものであり、厳正公平な態度をもって調査判断すべきであるにもかかわらず、被告が右のような態度をとったことは、原告の受領した報酬について、当初から不当なものであるとの予断をもって調査に当っていることを示すものであり、被告の綱紀部長としての職責に反する不当かつ違法なものである。

(二) 会則等の違反

被告は、本件報告において「原告が税理士法三九条による税理士報酬規定に違反していると結論したので報告する」旨述べている。

しかし、本件提訴事件を審議した第六回(昭和五二年二月八日開催)、第七回(同年三月二四日開催)各綱紀部会においても本件報告における右のような決議はなされていない。第七回綱紀部会においては三月三一日に当事者同席のうえ調停をすることとし、その結果、調停が不調に終った場合又は当事者の一方が出頭を拒否した場合は、本件提訴事件についての顛末を会長に報告し、綱紀上の措置を含めてその指示を仰ぐこととしたに止まり、原告が税理士法三九条に違反する旨議決したことはない。

A税理士会会則によれば、部会で決定(出席構成員の過半数でその可否を決することとされている)した事項については、部長は遅滞なく会長に報告等をしなければならないと定めているが、前述のように第六回、第七回のいずれの綱紀部会においても原告の行為が税理士法三九条に違反する旨の議決がなされた事実はないのであるから、被告が前記のような本件報告をなしたことは独断であり右会則に違反する行為である。

(三) 報告内容の事実誤認、不当性、違法性

(1) 本件報告の内容には次の事実誤認があり、これは(一)の被告の予断と偏見に満ちた調査の結果によるものである。

(イ) 本件報告書(4)項には原告が訴外出浦に対し「手数料として計上洩れ額の一〇パーセントの二〇〇万円を要求し、着手金として一〇〇万円請求した」旨の記載があるが、原告が二〇〇万円請求したとの事実はなく、また、「計上洩れ額の一〇パーセント」を要求したこともない(なお、計上洩れ額は五〇〇〇万円である)。

(ロ) 同(5)項には「貸金元本が貸倒れになっている点に関し、税務署担当官はその損失を認めると言明したが原告は反対の意見を述べた」との記載があるが、これも不正確な認定である。

すなわち、税務署担当官は、申告洩れを法人事案として処理すれば、全額損金として処理される旨説明したのに対し、原告は、法人事案となった場合には五〇〇〇万円と貸金残高との合計額から貸倒分全額を損金として控除したものが所得として認定されるのに対し、個人事案となった場合には資金の出所が証明されれば五〇〇〇万円と貸金残高の合計額のうち、所得と認定されるのは利息相当分のみであり、貸倒分は最終年度の利息相当分しか損金とならなくとも結局有利であると考え、その旨を訴外出浦に説明したものであり、全然損金にならないとしたものではない。

(ハ) 同(7)項には、訴外出浦が原告に対し「調査事案より手を引いてくれるよう要請した。原告はこれを諒承した」旨の記載があるが、これは逆であり、前記(第2項(三)(1))のとおり、原告が訴外出浦に本件事案より手を引く旨告げて委任契約を解除したものである。

(ニ) 同(8)項には、原告は訴外出浦に「連絡なく出浦の取引銀行に一〇〇万円を送付した」旨の記載があるが、前記のとおり、原告は右契約解除の際右一〇〇万円を返還する旨告げている。

(ホ) 同(10)項には原告は一〇〇万円を「腹ぎめ料として受領したと証言した」とあるがその事実はない。

(ヘ) 同(13)項には、原告が綱紀部長に宛て、電話で「俺は副会長である。お前らの指図は受けん。手を引け」と大声を発した旨の記載があるが、そのような事実はない。

(2) 本件報告の内容には次のような税理士法及び税理士会会則等の解釈を誤った違法がある。

(イ) 本件報告は、原告が税理士法三九条による税理士報酬規定に違反していると結論しているが、同規定に基づく国税庁長官の告示は存在しないのであるから、同条違反ということはあり得ない。

(ロ) 本件報告の趣旨が、前記税理士報酬規定に違反するものとしているものと解しても、その額が不当でないことは第3項(一)(二)において述べたとおりであり、かつ、同項(三)(2)に述べた原告が現実に処理した仕事の量からも明らかである。

6  原告の損害

被告の前記の違法な行為の結果、原告は、A税理士会の紀律委員会の審査を受けなければならない立場に立たされ、このことは、A税理士会の会長、副会長、常務理事、紀律委員に知られるところとなり、また理事や一般会員にも知れわたりつつあり、更には原告の顧客にも直接間接に知られることとなった。

これにより、原告は名誉、信用を著しく傷つけられ、また原告の収入にも影響を及ぼしている。右により原告が被った精神的打撃、信用上の損害を慰藉するには少くとも一〇〇〇万円が相当である。

7  結語

よって原告は被告に対し、本件不法行為に基づく慰藉料一〇〇〇万円と右不法行為の後である昭和五二年四月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、(一)の事実は知らない。(二)の事実は認める。

2  同2、(一)の事実中、訴外出浦が訴外出浦建設及び訴外出浦商事の代表取締役であること原告が訴外出浦建設及び訴外出浦商事と顧問税理士契約をしていたことは認め、その余は知らない。原告は右顧問契約に基づき月額三万円、決算時には二二万円の報酬を受領していたものである。

同(二)(1)のうち、望月係官の調査が行なわれた事実は認めるが、右調査は、訴外出浦建設の売得金二五七三万円を他に貸し付けたという税務事案について行なわれたものであり、訴外出浦個人に対する調査は全然行なわれていないものである。本件事案については、C税務署も終始一切の手続と内容的審査及びその処理をいわゆる法人事案として調査審理し、最終的にも訴外出浦建設の欠損金として処理されて終結したものである。

同(二)の(2)のうち、昭和五一年九月一四日原告が訴外出浦とともにC税務署に出頭したこと及び、同日、原告が本件事案を受任したことは認めるがその余の事実は知らない。原告は報酬として二〇〇万円を要求し、そのうち一〇〇万円をとり敢えず支払うように請求したものである。

同(二)の(3)の事実は否認する。前記のとおり、本件事案は訴外出浦建設の法人事案であり、原告は、永年訴外出浦建設の顧問税理士をしていたこと、訴外出浦とその家族の税務申告も毎年行ってきたことなどから、本件事案が法人事案であることを知悉していたものである。なお、昭和五一年一一月二日にC税務署に出頭した際、原告は前記望月係官から「本件は法人の金を動かしたのだから法人税で処理する」旨言明されていたものである。

同(三)の(1)のうち、本件事案についての委任契約が原告主張の頃解除された事実は認めるが、その経緯は次のとおりである。すなわち、昭和五一年一一月四日訴外出浦が前記望月に対し「原告に二〇〇万円要求されてうち一〇〇万円を支払った。原告を間にいれなければならないか」と尋ねたところ、右望月が「二〇〇万円は高い。原告を断ってもよい」というので訴外出浦の側から契約解除を原告に申し入れ、原告もこれを了承したものである。また、一〇〇万円が原告から訴外出浦に返還されるについては、事前に訴外出浦に対し何らの連絡もなかったものである。同(2)は認める。

3  同3の(一)、(二)は争う。すなわち、(一)は仮に個人事案であるとしても二〇〇万円を請求し一〇〇万円を受領することは、現在税理士法三九条に基づく国税庁長官告示が存しないため、右告示に代るべきものとされている原告主張の二つの報酬規定に違反するものである。また(二)は、法人事案であるとすれば、原告は前記のように訴外出浦建設から顧問料を受領しているのであって、税理士報酬規定第一総則③に照らし、旅費、日当の請求は可能であるが手数料は請求しえないものである。

同(三)は知らない。但し、税理士の活動とその事務員の補助行動を同一視することは税理士報酬規定に違反し、慣例にも反するものであるし、また、本件事案は税務事件として複雑困難なものではなく、調査に多大の時間と手数を要するものではない。

4  同4の(一)ないし(四)の事実は認める。

5(一)  同5(一)の事実は否認する。

(二) 同5(二)の事実中、被告が原告主張の内容の報告をしたこと及び主張のように会則に遅滞なく会長に報告しなければならない旨の定めがあることは認め、その余は否認もしくは争う。

(三) 同5(三)の事実中、被告が原告主張の内容の報告をしたことは認め、その余は否認もしくは争う。

三  被告の主張

1  本件提訴事件の経緯

A税理士会綱紀部は本件提訴事件を審議することになり、本件報告に至るまでの間に、被告を綱紀部長として次のような調査及び審議等をなした。

(一) 綱紀部会 二回(昭和五二年二月八日に第六回綱紀部会、同年三月三一日に第七回綱紀部会)

(二) 小委員会 五回

(三) 原告との直接面接調査 二回

(四) 原告よりの文書による弁明調査 二回

(五) 訴外出浦よりの事情聴取 一回

(六) 訴外出浦建設よりの上申書調査 数回

(七) 原告に対し訴外出浦建設と話合を続けるように再三にわたる助言

2  被告の行動

(一) 被告は綱紀部長として本件を審議するにあたり、法令、会則、規則等を遵守し、公平無私、厳正な態度で職務を遂行し、調査及び審議等にあたったものであり、これらを行なうに際しては何らの予断ももっていなかったものである。

(二) 被告は綱紀部長として前項(一)ないし(七)の調査、審議等を行ったが、その間職責に反する不当又は違法な行為を行ったことは全くない。

被告は、本件提訴事件について、綱紀部長として前記のような態度で調査審議等に臨み、その間原告と訴外出浦建設との和解についても斡旋、助言している。

(三) 被告が本件報告を行ったのは、その職務としてなしたものであり、被告には故意過失は何ら存しない。

すなわち、A税理士会会務執行細則三八条一項によれば、綱紀部長たる被告はその審議の結果につき会長に報告すべき義務があるところ、前記第六回綱紀部会において検討の結果、本件提訴事件における原告の報酬等の請求は税理士報酬規定に照らして合理性がなく、不当報酬と断定せざるを得ないとの見解に達し、報酬規定に違反することが決議されたのであり、更に前記第七回綱紀部会においては、昭和五二年三月三一日に当事者同席のうえ綱紀部が調停をすることとし、右調停が不調の場合又は一方当事者が出頭を拒否した場合には、本件提訴事件の顛末を会長に報告し綱紀上の措置を含めてその指示を仰ぐ旨決議されていたところ、右調停のための期日に訴外出浦が出頭しなかったので、被告は、前記綱紀部長としての義務に基づき当該決定事項をその通り会長に報告(本件報告)をしたものである。

四  被告の主張等に対する認否

1  請求原因2(二)(3)に対する認否中の望月係官が被告主張のような言明をした事実はなく、同係官は訴外出浦に対し、五〇〇〇万円の所得につき申告がなされていない旨説明したにとどまるものである。

2  被告の主張1のうち、(一)、(四)は認めるが(七)は否認し、その余の主張事実は知らない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1のうち、(一)の事実は《証拠省略》によりこれを認めることができ、(二)の事実は当事者間に争いがない。

二  原告が訴外出浦建設及び同出浦商事の顧問税理士であり顧問としての報酬を毎月及び年一度の決算期に受領していたこと、昭和五一年七月二九日訴外出浦建設、同出浦商事に対し、C税務署法人税部門担当の望月係官による税務調査が行われ原告もこれに立会したこと、右調査の後、同年九月一四日に本件事案についての税務代理等を原告が受任したこと、同年一一月四日に至り、本件事案についての前記委任契約及び前記顧問税理契約がいずれも解除されたこと、訴外出浦建設の代表取締役である訴外出浦が、本件事案における報酬につき、原告の請求した額が不当報酬であるとして原告に対し厳重な処置を求めて同年一二月三日A税理士会に提訴したこと、本件提訴事件を受理したA税理士会は、右事件を綱紀部会に付議し、右部長であった被告が事前に訴外出浦及び原告から事情聴取を行なったこと、被告が、原告主張の内容の「税理士法違反会員報告の件」と題する文書(本件報告書)をもって、A税理士会長に本件提訴事件の報告(本件報告)をしたことは、いずれも当事者間に争いがない、そこで、被告が綱紀部長として本件提訴事件の処理についてなした行為につき、違法な点が存したか否かにつき検討する。

1  《証拠省略》を総合すれば、本件提訴事件の処理の経過は次のとおりであったことが認められる。

(一)  A税理士会は本件提訴事件を受理した後、これを、会員の品位保持、監督に関する事項などをその所掌とする綱紀部会に付議した。

(二)  綱紀部会は右付議により本件提訴事件について処理することとなったが、その時期が丁度年末であったこと及び一方の当事者が現職のA税理士会副会長である原告であったこともあって、まずこれを綱紀部長であり紛争処理委員の資格をも併せ有する被告、いずれも同副部長である松村松太郎、三輪登士夫の三名で調査、検討することとした。

(三)  右被告を含む三名は、訴外出浦建設から本件提訴に際して提出されたもので、それまでの経緯や原告の処置について訴外出浦建設の主張意見等が記載されていた上申書やその付属書類を検討し、更に昭和五二年一月頃、訴外出浦の出頭を求めて直接面接のうえ事情を聴取し、他方、原告に対しても昭和五一年一二月二八日に直接面接して事情を聴取し、更に、それまでの経緯等について原告の主張などを記載した顛末書を提出させるなどして、本件提訴事案について調査等を行った。

(四)  以上のような調査等を経たのち、本件提訴事件は昭和五二年二月八日開催の第六回綱紀部会において綱紀事案として審議された。

右綱紀部会において、被告は綱紀部長として前記調査等に基づいて本件提訴事件の概要を報告し、綱紀部会は右報告を聞き、提出された当事者双方の顛末書、上申書等を検討して審議した結果原告が請求した報酬の額を二〇〇万円と認定したうえで「右報酬額の根拠に関する原告の主張は税理士報酬規定に照らして合理性がなく、現時点では原告の請求したとされる報酬額は不当報酬と断定せざるを得ない」ということで意見が一致した。

(五)  しかし、原告のA税理士会等における立場、本件提訴事件について直ちに右結論を会長に報告することの他に与える影響等を考慮した結果、綱紀部会としては更に慎重に審議し、本件提訴事件につき新たな資料がでてきた場合には柔軟に対処できるようにすべきであるとの配慮から、綱紀部長である被告から原告に対し、再度原告が請求したとされる二〇〇万円の内訳を同月二八日までに明らかにするよう文書で求めることを決定し、同月九日その旨の手続がなされた。

(六)  しかし、原告は、その回答として同月二八日付の書面を提出したが、右書面は部会における前記結論に不満を述べるのみで請求額の算出根拠については回答するところがなかったため、綱紀部会が求めた新たな資料は何ら得ることができず原告が進んでこれを明らかにしようとすることを期待することもできなかった。

(七)  右のような事情により、新たな資料を得られないまま、昭和五二年三月二四日に第七回綱紀部会が開催されこの席上、綱紀部長である被告は、右のような経緯を報告した。同日の部会において委員から、当事者の話合により本件提訴事件は解決できると確信しているので綱紀部において仲介をなすべきである旨の発言があり、検討の結果、同月三一日に両当事者の出席を求めて、綱紀部が調停を試みることとするが、右調停が不調に終った場合又は当事者の一方が出席を拒否した場合には本件のそれまでの顛末をA税理士会長に報告し、原告の立場などの考慮もあるため綱紀上の措置を含め、その指示を仰ぐ旨決定された。

(八)  右決定に基づき綱紀部長である被告は訴外出浦及び原告に対し、同年三月三一日にA税理士会に出頭するように求めたところ、原告は右要請に応えて出頭したが訴外出浦は話し合う意思がないとして、出頭しなかった。

(九)  そこで被告は、綱紀部長として前記第六回及び第七回の各綱紀部会で決定されたところに従って、綱紀部会としては原告の行為につき税理士法三九条による「税理士報酬規定」に違反していると結論したこと、右結論を出すに至った経緯、当事者双方の言い分が平行線を辿り、調停もなし得なかったことなどを内容とする本件報告書をA税理士会長に提出した。

(一〇)  被告は会長に対して右報告をなした後に開かれた昭和五二年度第一回綱紀部会(昭和五二年六月六日)において、第七回綱紀部会後の経緯並びに会長に対する報告の内容を報告したが、委員からは、原告が責任を負うべき行為はどの時点の行為か原告が陳謝すれば訴外出浦も寛恕をもって応えるのではないかとの意見が述べられたが、被告のなした会長に対する報告について特に異議などは述べられなかった。

以上のとおり認められ(る。)《証拠判断省略》

2  原告は、被告が綱紀部長として、本件提訴事件を調査するに当り、公正を欠き違法があった旨主張するが、その調査の経過内容は右認定のとおりであり、右認定した事実に照らすと何ら非難すべき点は見当らない。

なお、《証拠省略》中には、最初に被告から事情聴取をされた際、被告が、原告のなすべき仕事の内容について陳述の機会を与えず、原告の主張を一切聞いてくれなかった旨の供述があるが、右は《証拠省略》に照らし措信できないばかりでなく、仮に原告として満足できる程度に陳述の時間を与えなかったとしても、《証拠省略》によると、被告は右事情聴取の際原告に対し、更に主張すべきことがあれば書面を提出するよう求め、原告もこれに応じてその主張を記載した書面(顛末書)を提出しているのであるから、不当にその主張の機会を奪われたものとは認め難い。

以上のとおりであるから原告の右主張はこれを認めることができない。

3(一)  原告は本件報告をもって、綱紀部会で決定されていない事項につき、被告が独断で部会で決定されたとして報告した旨縷々主張するが、まず、原告が税理士法三九条による「税理士報酬規定」に違反しているとした部分については、前記認定のように第六回の綱紀部会において、現時点における資料では原告の請求した報酬は不当報酬であるとの結論に達し、その後開催された第七回の綱紀部会においても新しい資料が出ず右結論が維持されたのであるから、A税理士会会務執行細則二八条一項(右規定が存することは当事者間に争いがない)及び第七回の部会の結論に基づき、被告が前記違反である旨報告をしたのは、綱紀部長とし当然の職務行為であり、何ら違法ではない。

なお、右報告書中の「原告が税理士法三九条による税理士報酬規定に違反していると結論した」旨の記載は同条に基づく国税庁長官の告示が出されておらず、これを補うものとして日本税理士連合会の定めた税理士報酬規定等があるに過ぎないところからするといささか表示に適切を欠くというのほかないが、右が日本税理士連合会所定の税理士報酬規定等に反する趣旨で記載されたものであることは、容易に理解し得るところであるからこれをもって違法な行為というのは当らない。

(二)  次に、被告がA税理士会長に提出した報告書中に事実の記載として、請求原因5(三)(1)(イ)ないし(ヘ)のとおりの各記載がなされていることは当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》によると、綱紀部会においては、原告の訴外出浦に対する報酬請求が不当報酬の請求に該る旨の結論を出したが、原告と訴外出浦の主張がくい違う事実について具体的、個別的に結論を出したものではなく、右記載のうち(イ)ないし(ニ)の事実は被告の判断に基づいて、(ホ)、(ヘ)の事実は被告が直接認識した事実として記載されたものと認められる。ところで、右各証拠によると、第七回綱紀部会における決定は、単に部会における結論を会長に報告すべきことを定めたものではなく、その顛末を報告すべきことを定めているのであるから、紛争の内容、結論を出すに至った経緯を報告することを被告に課していることは明らかであり、部会における審議の内容、趣旨に反しない限り報告の内容については被告の裁量、判断に委ねられているものと解することができる。そして前記認定の綱紀部会における審議の経過、被告が会長に報告した内容を報告した綱紀部会の状況に照らすと、右記載は綱紀部会の審議の内容、趣旨にそうもので、これに反するところはないものと認められる。

三  以上のとおりであるから、被告の本件提訴事件の処理及び本件報告には何ら違法な点があるものとは認められず、従ってその余の点を論ずるまでもなく被告に対し不法行為に基づく損害賠償を求める本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川上正俊 裁判官 満田忠彦 裁判官笠井勝彦は職務代行を解かれたため署名押印できない。裁判長裁判官 川上正俊)

<以下省略>

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